人生を表現する活動日誌

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言葉は簡単に人を傷つける刃物にもなるということ

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ども、てつおです

 

今回は言葉は簡単に人を傷つける刃物にもなるということについて考えて行こうかと思います

 

僕たちが今当たり前のように使っている、というかなければいけないこの言葉ってなんですかね?

 

言葉でコミュニケーションをとる前は、音だったり絵だったりで誰かに何かを使いながら共存をしていて、そのあと言葉が生まれ誰にでも使え通じるものになった。

 

リンゴは誰かがリンゴと命名をしたからリンゴになり、信号機は誰かが信号機と命名したから信号機になった。

さっきも言ったように「言葉」というものが今当たり前にように使われていますが、これが無くなった時僕らはどうなってしまうんでしょう?

 

りんごはりんごではなくなり、信号機は信号機ではなくなり、てつおはてつおでは無くなってしまう...。

 

その時、僕という存在は果たしてそこに居続けるのか...不思議です。

 

 

話は逸れましたが、なぜ言葉は簡単に人を傷つける刃物になる、ということについて考えようかと思ったかというと、昨日テラスハウスの木村花さんという方が無くなったという記事を読んだからです。

 

原因は明確に出されていませんが、どうやらSNSによる誹謗中傷が精神的に追い詰めていったようでした。

 

それをみた時、僕たちは言葉というものについてもっと考えるべきだと思ったんです。

 

ましてSNSは匿名で自由だから、何を書いたってバレやしないし、別に書く方はそんな誰かが傷つくだろうと思って書いているわけではないでしょう。

 

「バカ」「○ね」「うざい」「カス」と、人を傷つける言葉がたくさんあって、SNSに書き込む方は大したことないと思って書くんでしょう。

しかし、言葉っていうのは思っている以上にその人にのしかかってくるのだということを肝に銘じておいた方がいい。

 

それは心が弱いから...っていう人もいるでしょう。

 

そういう人は言葉は悪いですが、僕はそういう人は相当クソ野郎なんだって思います。

人をなめてんのかって思う。

 

 

強そうに見える人やいつも笑顔で悩みなんてなさそう、みたいな人だって一人の人間で心があり、それは傷つくこともあるんです。

 

僕もありますし、逆に言葉を誤り傷つけてしまうことだってある。

 

だからってコミュニケーションをとることに躊躇はする必要はないと思う。

 

ただ、こう言ったらこの人は傷ついてしまうかもしれないから、言葉を選ぼうという考える時間を自分の中に作っていくべきじゃないでしょうか?

そして、伝え方をお互いに考えていけばこんなことで傷ついてしまう人はいなくなるのではないでしょうか?

 

みなさんは言葉についてどう思いますか?

 

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