人生を表現する活動日誌

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ダンスにとって大切な物語を伝えることについて

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ども、テツオです!

 

今日はダンスと物語について

 

ダンスとはただ動いてその姿を魅せるのではなく、そこに在る物語を伝えられるか、伝わるか、であると考えている。


当たり前なのかもしれないが、ここを考えて踊っているのと踊っていないのでは差は明らかだ。


明確な世界観やイメージについて

子どもたちのダンスを昨日指導していた。


約2分ほどのダンス。

「みんなはどんなイメージでこの作品を踊っているの?」

「どんなイメージで踊ってと言われたの?」

と聞いてみた。

 


その時の返答は「よくわかりません」だった。

 


それじゃあお客さんには何も届かない、みんなが明確な世界観やイメージを持っておくことが大切なんだ、という事を伝えた。

 

ダンスは動き、だけではなく物語だと僕は思っている。ただ伝えられた振り付けを言われた通りにやるのではれば、正直誰にだって頑張ったらできるだろう。


言葉の受動機械になってしまってはいけない。

 

 

少しだけみんなに考える時間をあげた。

どんな世界観を見せたくて、どんな表情(目つきとか)、どこにメリハリをつけるのかなどを考える時間。


そうすると少し表情や動きに物語が生まれたような気がした。


どんな物語を伝えたいのか、ということはとても大切だと思う。伝えたいことが明確になればなるほど、動きに質感が生まれてきて空間に深みが増す。


そこに来た意味について考える瞬間

もちろん物語が正確に伝わらない事だってある。


伝わったものは、それぞれの主観に変わるから、作品の世界観に感動をする人がいれば、自分に還り考える人だっているし外を考える人だっている。


ただ、何かは伝わったということだ。

リアルタイムの時間と空間を共有して、何かが伝わった時、人はそこに来た意味について考えるんだと思う。


その瞬間を味わってもらうことが、ダンスの意味なのではないか、もっと広く言えばアートはそういうものなんじゃないか。

 

 

イメージや物語を共有すること

ダンサーと振り付け師はコミュニケーションをとり、イメージや物語を積極的に共有する必要があると思う。


さっきも言ったようにダンサーは言葉の受動機械にならず、そういうイメージで振り付けをしているのか、何を伝えたいのかを聞き、振り付け師もそれを伝えることを積極的に行ったほうがいい。


別に全てに意味を持たせる必要はないが、ある部分部分に「点」を置き、その「点」を「線」で繋いでいくガイドをすること。

 

ダンサーはその通りでなくても、何か自分なりの解釈ででも良いからイメージする事。


だから、昨日も生徒たちに積極的に聞いて、自分たちなりに解釈もしてみよう、と伝えた。


そういうことを考えるようになると、また一つダンスに質が生まれステップアップするような気がしてる。


そんな僕も抽象的なことが多いので、もう少し言語化できる力は持っておきたい。


ただ、動くのではなく物語をダンスを通して伝えることについて考えてみよう。

 

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