人生を表現する活動日誌

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自分が信じることができる道を歩く

ども、テツオです。

 

今日は'信じる'ということについて考えてみようかな、と思ってる。

何を信じるのか...

僕は今自分が歩いているこの人生が、少しずつ求めている景色に向かっているんだと信じている。

 

ノンビリした日々も必要

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最近倦怠感があった。

果たして倦怠感なのかすらわかっていないのだけれど、ダンス公演【怪物】が終わり

割と心も体も多忙な日々を過ごしていた。

しかしそれが全て終わった後のこのノンビリした感じ...

 

やばい...何かしなければ...と焦る。

僕は誰かの下について何かをやるよりも、自分の頭の中を噴水のように溢れ出している方が合っていると思っているから、早く作らなければと焦りが生じる。

別に悪いことではない。もちろんそう思う。

 

しかし待てよ、と。

こういうちょっとした余暇のような日々も過ごしていいじゃないか、と思った。

逆にそういうノンビリタイムがあるから、忙しく活動できる日々に感謝が生まれて、ノンビリ過ごせる時間にも感謝が生まれる。

 

創造は、頭の中が詰まっている時はきっと浮かばないと思う。

浮かべるには、そこはいろいろなものが詰まった硬いコンクリートではいけない。

 

少し自然に触れてみたり、散歩をしてみるという時間も大切にしたり、誰かと過ごす時間を大切にしてみることで、また頑張れるのだ。

 

信じる道を進む原動力

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最近、彼女ができた。

出会ってそんな月日が経っているわけではないのだけれど、アタックした。

人生は攻めだと思う。

そんなに攻めるのは上手じゃないけど、攻めないで後悔するより攻めて後悔したい時だってある。

 

その子は僕にとってまっすぐで広大な自然で空のようにふわっと浮いてたと思うと、星のようにキラキラしている。そんな彼女に会えると僕は安心することができて、自分が進んでいる道を信じて頑張れる。

 

同じようなことをやっているようで進んでいる方向は違い、でもそれが良くて、僕にはないものを持っているから魅力的なのだ。

 

会えない日々が続いたとしても、それは今お互いが頑張らなければいけない時だからであり、いつかこの道の先の交差点で交われるように自分が信じる道を進んでいく。

 

何が起きても、それは全てが必要なことなのだ

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いくら上手に生きようとしても、悪いことは起こる。

 

なぜ起こるのか...

 

それは必要なことだから

 

何かに気づかなくてはいけないからだ

 

落ち込んでしまったり泣いてしまうかもしれないけれど、後からわかる

 

あの時起こったことは必然だったんだと

 

気にすんなって言っても気にしてしまうが、起こることは起こるべくして起こっているのだから、なんで起こったのかを考えてみたらいい

 

考えて分からなければ、それは今わかることじゃないから

 

とにかく自分が今進みたい方向へ進んでみよう

 

 

相変わらず文章は下手で浮かんだ言葉をただただ綴っている文章を書いた

 

 

では!

 

 

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